美空ひばり・・・④・・「母娘の観察力!」

・・・本の中身を説明しても、それなら買って読めばいいわけだから、自分なりの感想を入れながら進める。
・・・「お嬢の仕事を手伝ってみない」、、、この母・喜美枝からの一言で、関口範子の人生は決まった?ようなところがある。いや、決まった。少し不思議なのはなぜ彼女だったのか?っということ。後援会の人は他にもたくさんいたであろうに、なぜその中から彼女を選んだのか?ここに、芸能界に打って出た母・喜美枝のプロデュース力?がある。なぜか?


・・・美空ひばりは確かに天部の才能を持って生まれたが、かといって才能があるから、素晴らしいから出てきたのではない。もちろんそれも条件としてはあるが、やはり芸能界という荒波に打って出た母・喜美枝の「決断!」が光る。


・・・何事も才能だけではどうにもならない。「っえ?」っと思う人もいるだろうが実際そうである。ひばりの父親は芸事の好きな人だったようで、三味線つま弾いて小唄や端唄の一つも歌える粋人だった。できるだけに、わかるだけに娘の歌は認めていて、近所の楽器ができる連中を集めて「美空楽団」を結成したくらいだ、、、っが、、娘の芸能界入りは反対していた。母・喜美枝が「そうですか」で引いてしまってたら美空ひばりは世に出ていない。
そう、すべからく芸術は素晴らしいから残るのではなく、「残したいと思ってる人がいるから残る」のだ。


・・・ゴッホの絵画や手紙等が残ってとんでもない値段で売られるのは、残したいと思った弟のテオがいたからだ。テオがいたから残っているのだ。
余談だが、その手紙を一冊の本にした小林秀雄の「ゴッホの手紙」を唇を結んだまま、鼻を詰まらせて読んだ。中にあった娼婦の裸体「哀しみ」という絵が焼き付いて離れず、ゴッホの気持ちを理解したくて模写したことを覚えてる。
そのゴッホの絵画展覧会が初めて日本で開催された時、大勢の列の中に自分も並んだ。
そしてそのテオの手紙の展示の場所に来た時、ガラスケースの中にある手紙の束と、開かれた手紙をジっと見た。「あ~こんな字を書くのかっ」と乏しい英語力で読んでいたら、また涙がボロボロとこぼれ落ちてきた。「これがあの手紙か~」っである。つたない英語理解力でページをしっくり読んでいるうちに「あ~あの頃のものだな」っと解る。
書物でも知っていたやさしい優しいテオの手紙、その現実が目の前にあることに、なにか言いようのない深い感動・感激が胸を締め付けた。周りが「なんなの、この人?」の拒否反応空気をブンブン出して通り過ぎていく。その静かに通り過ぎていく大勢の足音を背中に、うつむき加減に涙が止まるまでそれを見ていた。その時、どこか遠くから誰か?が自分をジっと見ている気配の視線を感じていた。その方角を振り向きはしなかったが、なぜか「テオ」のような気がした。(^^;)・・・妄想です。


・・・話戻して、、、ひばり母娘は、察するに、なにか、人を含めた物事をジャッジする感知のアンテナが、かなり高性能にできているのではないか?
事実、ジャッジして選んだ関口範子は恋も結婚もしないまま、ひばりが逝去するまで側に付いて世話をし仕えたのだから。